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第二次訴訟の原告がメッセージを発表しました

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2013年12月19日、愛知朝鮮高級学校の生徒・卒業生5名が、名古屋地方裁判所に第二次訴訟を起こしました。

提訴に当たり、5名の原告がメッセージを発表しました。

原告1

公立高校無償化法案が可決されたのは私が高校生の頃でした。朝鮮高校が除外されてることに対して純粋に疑問を感じ、今まで生きてきたなかで初めて”差別”を感じることになりました。

そして、高校在学時に解決できなかった問題に、今、原告として向き合うこととなりました。

大学生活では高校よりも署名活動や街頭宣伝に参加できる機会は少なくなっていました。原告として裁判を闘うことで、母校のために役に立てると思い、うれしく感じます。それと同時に今現在の状況を詳しく知り、自分達の代で終わらせなければならない、先代が私たちのためにしてきてくれたように、後代のためにも必ず勝ち取らなければならないと強く思いました。

私たちはこれからも日本で生活し、家庭を築いていくと思います。それにあたって、教育での”権利”は必要不可欠なものだと思います。

ですが、私たちだけで闘い、勝ち得るだけではダメだと思います。これから、日本社会で共存していく中で、日本人や学校近隣住民の方々の支持や理解が無ければ、また同じような事態が起こるでしょう。裁判の中で私はこれから、日朝関係の架け橋となるような存在として活動していきたいと思っています。

 

原告2

高校3年生である私は今までの18年間を民族教育(朝鮮学校)の中で生きてきたと言っても過言ではありません。

自分が生まれながらそこが自らの祖国ではなく異国という環境の中で自分のアイデンティティを見つける事ができたのは他ならぬ学校の存在です。

私という一人の朝鮮人がこの差別社会の中で朝鮮人として堂々と胸を張って在れるのは朝鮮学校で民族を習い感じ、またそこで同じ境遇で生まれてまた仲間たちと思いを共有し絆を深める合った日々があったからなのです。

日本人が日本の文化や言葉に誇りを持つように、私もまた自分の民族の文化や言葉に誇りを抱いています。

私は来年、卒業し社会に出ても民族の一員として同胞社会に貢献していこうと決心しています。 しかし、この無償化問題が2010年から今だに改善されていない状況で私は黙って卒業することはできません。今まで適用されないまま卒業していった先輩達の無念の思い、自分たちが街頭に立ち平等を訴えた日々を思うたび、怒りがこみあげてきます。

朝鮮学校を否定され、祖国を否定された私達は自分の在り方まで否定された思いです。これから後輩たちは暑い日も寒い日も街頭に出て、得て当然の権利のため、そして自分達の存在を認めさせるため、声を張り上げるのでしょうか。これほど悔しく辛いことはありません。この裁判において、たくさんの日本の方々も支援して下さっております。私は一朝鮮人として、卒業生としてこの日本社会に訴え原告として闘っていくことを決心し、名乗りを上げました。

私は決してあきらめません。私達の学校が認められ、日本社会で私達の存在が否定されない日が来るまで。

 

原告3

私は高校無償化制度の知らせを聞いた時、素直に嬉しかったです。親の経済的負担が減ると思うととても嬉しかったのを憶えています。

しかし、私はこの嬉しさ、期待と同時に少し不安がありました。

朝鮮学校は除外されるのではないかと。また朝鮮と深い関係を持つ朝鮮学校は差別されるのではないかと。今の日本社会が在日朝鮮人である私にこのような不安を与えました。その悪い予感は的中しました。

これまで日本政府は何があっても朝鮮学校を除外させるために幾度となく色々な口実を作って来ました。国民の理解が得られない、私はこのようないい加減な理由を盾に朝鮮学校を差別する日本政府が本当に許せません。

だから私は傷つけられたこの権利を獲得するべく当時者である私達が先頭に立って頑張ろうと思いました。

青春の真っただ中のこの時期、全国大会出場のために練習しなければならないのに、署名活動のため練習時間をどれだけ削ってきたことか。受験勉強のために頑張っている私の同級生の貴重な授業時間をどれだけ削られたのか。あたり前の権利をあたりまえに得ることのできないこの日本社会で私達朝鮮学校の生徒達は必死にもがき苦しみました。

今は友好的な日本の方々に助けてもらいながら一緒に闘っています。必ずこの裁判で権利を勝ち取り私達の後輩に少しでも良い社会環境を作ってあげたいと思います。

そして権力によって踏みつぶされた私達の権利を自分達の手で勝ち取りこの裁判に必ず勝ちます。

 

原告4

私は、高校無償化問題についてあまりよく知りませんでした。しかし、学校でこの問題について学習したり、実際にビラ配りや街頭宣伝をすることで重要性に気付きました。弁護士先生の「本当は裁判問題になる前に解決したかった。」という言葉が、今でも耳に残っています。

私が始めて署名運動をした時、頑張ろうという気持ちと不安が混じってドキドキしました。いくつかに組を分けてやったのですが皆、必死にやりました。

最初はおどおどしてた子も積極的にやりました。その姿を見て私も頑張りました。「お疲れ様。頑張ってね。」、「朝鮮学校について全然知らなかった。朝鮮学校だけ除外なんてひどい。」、「応援してるよ。」などあたたかい言葉を掛けて下さった方も沢山しました。 反対ばかりしているイメージしかなかった自分が、日本の方に申し訳なく思ったし、ちゃんと知らないのに勝手に決めつけるのは良くないと思いました。

やっぱり反対している人も少なくありませんでした。 ビラを見たり「朝鮮」という単語を聞いただけで冷たい視線で私達を見たり、わざと遠回りして歩いたり…

同じ人間、しかも日本の学生と見た目も全然変わらないのに、何故こんな目で見られなければいけないのか、「朝鮮」と関わりを持っているだけで、何も罪を犯していないのに悪人になるのか、たくさん傷付いたと同時に、怒りも出できました。

そんな傷付いたり嫌な思いをするなら「朝鮮」と縁を切ればいいじゃんと思っている人も、言う人も、少なくないと思います。

でも、それでは意味がないんです。

私は朝鮮人としてのアイデンティティーを捨ててまで生きたいとは思いません。それは私がここまで成長できたのも朝鮮学校があったからです。

なのでこれからも、人として成長させてくれる朝鮮学校を守っていきます。

 

原告5

高校無償化が朝鮮高校に適用されないことを知った時は、何とも言えない怒りや、日本の高校と何一つ変わりない授業内容なのに除外された理由が何なのか疑問に思いました。

日本社会で日本に住むのと同様に、納税もしているのに就学支援金をもらえないのは間違いだと思います。

第二次原告の話を聞いたとき、恐れや不安よりも先に第一次原告の先輩達と共に、日本政府に向けて全ての生徒の気持ちを代弁できるチャンスだと思い、日本政府が間違いを認めるまで戦い抜く事を決めました。

私は在日三世です。

日本国籍を取得したとしても、朝鮮人の血が変わる訳ではありません。 ならば、日本の地で在日朝鮮人として同胞と共に生きて行きたいです。

私にとってウリハッキョは友達や仲間と会えた場所で、あたりまえの存在であり、これからも寄り添っていきたいし、何よりも守っていきたい大切な場所です。

他の高校生は支援金をもらっているのに、自分達だけもらえないのはおかしいと思います。

だから私は日本政府が間違いを認めるまで戦う事を決して諦めません。